イオンモール熊本で起きた爆発事故では、専門店で働いていた従業員7人が犠牲となりました。
7人はいずれも一度は屋外へ避難した後、館内へ戻り、爆発に巻き込まれたとみられています。
なぜ避難解除前の施設へ再入館できたのでしょうか。
イオンモール熊本は避難後になぜ再入館できた?
正式な許可が出ていたとは確認されておらず、入口の管理が十分に行われていなかった可能性や、現場で再入館につながる案内があったことが考えられます。
イオン側の説明では、社員やテナント従業員は、一度避難したら安全確認と避難解除が行われるまで館内へ戻らないルールでした。
しかし、当時モールにいた従業員からは、実際の現場では複数の人が自由に出入りできる状態だったとの証言が出ています。
- 入口の前に制止する人がいなかった
- 自動ドアから館内へ入ることができた
- 荷物や車の鍵を取りに戻る人がいた
- 従業員が集団で再入館する姿が目撃された
- スタッフから貴重品を取りに行くよう案内されたとの証言がある
一部の従業員は、当時の様子について「普通に入れる感じだった」と振り返っています。
つまり、再入館を認める正式なアナウンスがあったわけではないものの、入口を封鎖したり、戻ろうとする人を確実に止めたりする体制が機能していなかった可能性があります。
避難後の再入館は禁止されていた
イオン側は、地震後の会見で「一度避難した従業員は館内へ戻らないことになっている」と説明しています。
館内の安全が確認され、避難解除のアナウンスが流れるまでは、社員だけでなくテナント従業員も戻らないというルールでした。
しかし、爆発前には荷物や貴重品、車の鍵、売上金などを取りに戻った人がいたとされています。
ルールが存在していたことと、現場でそのルールを徹底できていたかどうかは、分けて考える必要があります。
入口で止められなかったとの証言
1階の店舗で働いていた女性は、店に置いていた車の鍵を取りに戻るため、施設の北西側から再入館したと証言しています。
入口でスタッフらしき人物に従業員であることを伝えたものの、入館を止められなかったといいます。
別の従業員からも、入口付近に誰も立っておらず、荷物を取りに行く人やトイレを利用する人が出入りしていたとの証言が出ています。
館内へ戻った人数について、目撃した従業員は20人前後だったのではないかと話しています。
ただし、入口にいた人物がイオンの社員だったのか、警備員だったのか、テナント関係者だったのかについては、現時点で明らかになっていません。
貴重品を取りに行くよう案内された人もいた
2階のフードコート近くで働いていた22歳の女性は、客を避難誘導した後、自身も駐車場へ避難しました。
その後、誘導にあたっていた男性スタッフから、貴重品がなければ帰れない従業員は、まとまって取りに行くよう案内されたと証言しています。
女性は案内を受けて館内へ戻り、スマートフォンや財布を回収して再び外へ避難しました。
その数分後、施設内で大規模な爆発が起きたとされています。
イオン側は再入館を許可するアナウンスはしていないと説明していますが、現場では従業員が戻るきっかけとなる案内が行われていた可能性があります。
遺族が抱く疑問は?
遺族が最も強く感じているのは、一度は無事に避難できた人を、なぜ誰も止められなかったのかという疑問です。
犠牲となった7人のうち、大竹玖瑠美さんら2人は、雑貨店「ハビタ」で働いていました。
ハビタ側は、避難していた従業員に対して、売上金を金庫へ保管するよう求めたことを認めています。
連絡を受けた大竹さんらは、再びモール内の店舗へ戻り、爆発に巻き込まれました。
大竹さんの母親は、勤務先の説明を受けた後、「止めてほしかったです。帰れと言ってほしかったです」と胸の内を明かしています。
避難した時点では無事だっただけに、遺族にとっては「戻らなければ助かっていたのではないか」という思いが消えることはないでしょう。
なぜ安全より売上金が優先されたのか
ハビタ側は、無条件に館内へ入るよう指示したのではなく、入れるのであれば売上金を金庫へ移してほしいと伝えたと説明しています。
また、再入館する場合は、イオンモール側の許可を得るよう伝えていたとしています。
しかし、大きな地震が起きた直後の建物で、従業員自身に安全性や入館の可否を判断させることが適切だったのかという疑問は残ります。
どれだけ条件付きの言葉だったとしても、従業員が会社からの業務上の依頼として受け止めた可能性は否定できません。
現場の従業員にとって、会社からの連絡を断ることは簡単ではなかったはずです。
入口で誰かが止めることはできなかったのか
遺族の疑問は、勤務先の指示だけに向けられているわけではありません。
再入館は禁止されていたにもかかわらず、なぜ入口が封鎖されず、戻ろうとする従業員を止められなかったのかという点も重要です。
仮にテナント側から売上金や貴重品を取りに戻るよう求められても、施設側が入口で再入館を禁止していれば、事故を防げた可能性があります。
一方で、地震直後には約3000人の来店客と約1500人の従業員が駐車場へ避難しており、現場が混乱していたことも報じられています。
限られた人数で避難者の安全確認や情報収集を行う中、すべての入口を管理できていたのかについては、今後の検証が必要です。
イオン側の対応は?
イオン側は、再入館が起きた事実を重く受け止め、外部の専門家による事故調査委員会を設置しています。
イオンの吉田昭夫社長は事故翌日の会見で、館内へ戻ってよいというアナウンスを行った事実はないと明確に否定しました。
広報担当者も、再入館した人の証言は認識しているものの、イオン側が指示や許可を出したとの事実は確認できていないと説明しています。
そのため、現時点で「イオンが再入館を許可した」と断定することはできません。
一方で、正式な許可がなかったとしても、避難解除前に複数人が館内へ入ることができた事実について、施設側の運用に問題がなかったのかが問われています。
事故調査委員会を設置
イオンは2026年8月5日、爆発事故の原因究明と再発防止策を検討するため、事故調査委員会の設置を発表しました。
委員会には、弁護士のほか、爆発、防災、ガス設備、建設、耐震などの専門家が参加する予定です。
調査対象には爆発の原因だけでなく、人的被害が発生した経緯も含まれます。
特に、施設の安全確認が完了し、避難解除のアナウンスが行われる前に再入館が起きた事実を検証するとしています。
さらに、イオンモールでの災害時の運用についても調べ、原因と再発防止策を明らかにする方針です。
事故調査委員会の報告書は、受領後に内容を公表するとしています。
再入館をめぐる説明の食い違いは?
今回の問題では、イオン側、テナント側、生存した従業員の説明が完全には一致していません。
- イオン側は再入館の指示や許可を確認できていない
- ハビタ側はイオン側の許可を得てから戻るよう伝えたと説明
- 従業員からは入口で止められなかったとの証言がある
- スタッフから貴重品を取りに行くよう案内されたとの証言もある
イオン側が組織として正式な許可を出していなくても、入口にいた誰かが個別に通した可能性があります。
また、明確な許可がなくても、周囲の人が館内へ入っていく姿を見て「戻っても大丈夫」と判断した人がいた可能性もあります。
誰がどのような立場で案内を行い、各テナントへどのような情報が伝えられていたのかは、まだ明らかになっていません。
責任を一つの会社や一人の担当者だけに求めるのではなく、施設全体の指揮系統や入口管理、テナントへの連絡方法を検証する必要があります。
今後明らかにされる点は?
今後は、事故調査委員会によって再入館が起きた具体的な経緯が調べられることになります。
- 避難後に各入口を管理していたのは誰だったのか
- 自動ドアや出入口を封鎖する対応は行われたのか
- 貴重品を取りに戻る従業員への統一した対応があったのか
- テナント責任者へ再入館禁止が確実に伝わっていたのか
- スタッフによる個別の案内や許可があったのか
- 避難解除前に館内へ残っていた人を把握できていたのか
災害時には、貴重品や売上金よりも人の命が最優先されなければなりません。
今回の事故では、一度は多くの客や従業員を避難させることができていました。
それだけに、避難後の再入館を防ぐ最後の仕組みがなぜ機能しなかったのかを明らかにすることが、再発防止につながります。
まとめ
イオンモール熊本で避難後に再入館できた理由は、現時点では一つに特定されていません。
イオンのルールでは再入館は禁止されていましたが、入口で制止されなかった人や、スタッフから貴重品を取りに行くよう案内されたとする人がいます。
一方、イオン側は再入館の正式な指示や許可を出した事実は確認できていないと説明しています。
遺族が抱くのは、一度は無事に避難した大切な家族を、なぜ誰も止めてくれなかったのかという切実な疑問です。
誰が入館を認めたのかだけでなく、なぜ入口を管理できなかったのか、テナントへの連絡は十分だったのかまで検証しなければなりません。
事故調査委員会には、爆発の原因とともに、7人が再び館内へ戻ることになった経緯を丁寧に明らかにすることが求められています。

コメント